プレスリリース

分光分析と結晶構造解析を組み合わせて水分による固体電解質の性能低下の仕組みを解明

リリース発行企業:株式会社東レリサーチセンター

情報提供:

【要旨】

株式会社東レリサーチセンター(所在地:東京都中央区日本橋本町一丁目7番2号、社長:真壁芳樹、以下、「TRC」)は、全固体電池に用いられる硫化物固体電解質において、水分曝露によりイオン伝導度(リチウムイオンの流れやすさ)が低下する原因について、分光分析(固体Li-NMR、ラマン分光分析)と結晶構造解析(X線回折)を組み合わせることにより、水分との反応による化学構造変化と、固体内部に残存する水分の影響が複合的に作用することで性能低下が生じることを明らかにしました。
本研究成果は、エネルギー材料分野の学術誌 ACS Applied Energy Materials に掲載(2026年6月5日オンライン公開)されました。全固体電池製造における湿度管理指針の高度化や、高い湿度耐性を有する固体電解質開発に貢献することが期待されます。

【背景】

硫化物固体電解質を用いた全固体電池は、優れたイオン伝導性と高い安全性を有し、次世代の蓄電デバイスとして期待されています(図1)。一方で、硫化物固体電解質は大気中の水分と反応しやすく、イオン伝導度などの電気化学特性が低下するという問題があります。近年では、全固体電池の実用化に向けて製造プロセスの大型化が検討されており、水分との反応に伴う電気化学特性の低下メカニズムを明らかにすることが期待されています。

図 1 リチウムイオン電池(電解液)と全固体電池(固体電解質)の特徴

【研究の概要】

これに対してTRCの研究チームは、アルジロダイト型硫化物固体電解質Li6PS5Clを対象に、露点を制御した加湿環境への曝露に伴うイオン伝導度の変化を評価しました。その結果、水分曝露に伴いイオン伝導度が著しく低下し、製造プロセスにおいて想定される最も悪い湿度環境である露点-30℃では、実用上ほぼ機能しないレベルまで性能低下することを確認しました。
分光分析による化学構造解析とX線回折を用いた結晶構造解析の結果、加湿環境ではLiOHやLiClといった反応生成物が形成され、初期の化学構造が失われることが分かりました(図2(a))。加えて、基本骨格であるPS43-構造に酸素が導入されるなど、様々な化学構造変化が進行することを確認しました(図2(b))。これらの変化は固体電解質の表面にとどまらず内部にまで及び、水分量の増加に伴って材料全体に広がることが分かりました。一方で、水分の一部は反応せず固体電解質内部に取り込まれた状態で存在することも確認されました(図3)。以上の結果から、化学構造変化や固体電解質中に残る水分の影響が相乗的に作用し、イオン伝導度の低下を引き起こす複合的な要因となることを明らかにしました。

図 2 加湿曝露による硫化物固体電解質の化学構造変化:(a)固体Li-NMRスペクトル測定によるリチウムの化学状態変化、(b)加湿曝露処理に伴う硫化物固体電解質の化学構造変化イメージ


図 3 加湿曝露により進行する硫化物固体電解質の性能低下イメージ

【今後の展開】

本研究により、水分が固体電解質に与える影響を定量的かつ機構的に理解することが可能となりました。これにより、全固体電池の製造工程における湿度管理の重要性を示すものであり、ドライルーム環境の最適設計や運用指針の高度化に貢献することが期待されます。さらに、耐湿性に優れた材料設計や、劣化状態を高精度に評価する品質管理技術の開発にもつながるものであり、本研究で確立した多角的な分析ツールを組み合わせた評価アプローチは他の固体電解質や次世代電池材料への応用も期待されます。TRCは今後も、全固体電池を含む各種電池分野で、革新的で信頼性の高い分析技術や知見を提供し、材料開発から製造プロセスの最適化、生産トラブルの解決まで、電池産業の進歩に貢献してまいります。

【リチウムイオン電池について】

リチウムイオン電池:
リチウムイオン電池(Lithium-ion battery;LIB)は、二次電池の一種であり、高いエネルギー密度、軽量、長寿命が特徴である。これらの特徴から多くの用途に活用されており、スマートフォン、タブレット、ノートパソコン、電気自動車、エネルギー貯蔵システムなど、さまざまな分野で利用されている。リチウムイオン電池は、正極、負極、電解質、セパレータなどの構成材料から成り立ち、これらを組み合わせることで高い性能を発揮する。

全固体電池:
全固体電池は、従来のLIBとは異なり、電解質が液体ではなく固体で構成されている。正極、負極、固体電解質から構成されており、固体電解質が、電池内部でイオン伝導の役割を果たす。安全性の向上、液漏れや発火のリスクの低減、長寿命などが期待されており、電気自動車、エネルギー貯蔵システム、IoTデバイスなど、幅広い分野での利用が期待されている。

次世代電池:
次世代電池は、現在のLIBを超える性能を持つ新しいタイプの電池であり、研究開発が進められている。全固体電池、金属リチウム電池がその代表例であり、その他に、硫黄を正極に使用するリチウム硫黄電池(Li-S)、リチウムの代わりにナトリウムを使用するナトリウムイオン電池(Na-ion)などが挙げられる。

【適用した分析手法について】

電気化学インピーダンス測定(Electrochemical impedance measurement)
交流電圧に対する応答から抵抗成分を解析し、材料内部や界面のイオン移動抵抗や反応過程を評価する手法である。測定結果から、材料中のイオンがどれだけ移動しやすいかを数値化するイオン伝導度を算出することができる。

固体核磁気共鳴(solid-state Nuclear Magnetic Resonance)
核磁気共鳴は、物質の化学構造を解析するための分析手法の一つである。磁場中の原子核が電磁波を吸収し、その後放出して平衡状態に戻る現象を利用する。液体試料の解析に使用されることが多いが、本研究では固体試料を解析可能な装置を使用しており、分子構造の変化や材料の分子運動性などの動的な情報を取得することも可能な解析手法である。

レーザーラマン分光法(Laser Raman spectroscopy)
レーザーラマン分光法は、物質にレーザー光を照射し、その散乱光を分析することで物質の化学構造を調べる技術である。ラマン散乱光には、物質内の分子振動の情報が含まれており、化学結合に関する情報を取得することが可能である。ラマン分光法は、物質の同定、結晶性の解析、また、定量評価など様々な目的に使用されている。

X線回折
X線回折は、物質にX線を当てたときに生じる反射(回折)を利用して、内部の原子の並び方や結晶構造を調べる手法である。回折パターンを解析することで、物質の種類や構造の違いを明らかにでき、材料開発や品質評価に広く用いられている。

【掲載論文】

・ACS Applied Energy Materials
アメリカ化学会(ACS)が発行する、エネルギー変換および貯蔵分野に特化した査読付きの学術雑誌。 材料科学、化学、物理学、工学の学際的なアプローチによる応用研究に焦点を当てている。
・URL: https://doi.org/10.1021/acsaem.6c01042

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